世界の終わりの長いお別れ。

 東京は秋の終わりの長雨。PC 前に座っていると、寒さがつま先から染み込んできます。

 [ mixi ][ レイモンド・チャンドラー コミュニティ ] を見ていたら、目に飛び込んできたのが [ 村上春樹氏が「長いお別れ」を翻訳、出版 ] というニュースでした。「長いお別れ」は、謂わば、チャンドラー好き、もしくはハードボイルド好きにとって、聖典というべき一冊。これを当代きっての人気作家が新たに翻訳し直すというのです。おそらく大多数のチャンドラー好きの頭の中には、「長いお別れ」=清水俊二訳という図式が成立しているはず。他の方の手による「長いお別れ」は考えられないと言うのが正直なところではないでしょうか。

 しかしながら、「ああ、村上訳なんて読みたくない!」……などと思ったのも束の間の事でした。ふと思い返せば、村上春樹のレイモンド・カーヴァーの訳は違和感がなく、彼の作品中、唯一好きな作品が「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」。もともと彼がチャンドラー好きなのは有名な事ですし、原文を大事にし、その雰囲気を壊さないよう翻訳できる人なのですから、出来を楽しみにしていても良いのではないかと思い始めたのです。

 好意的な意味で、書籍に紹介されている村上版「長いお別れ」の出だしを載せてみます。「彼のかたわらには若い女がいた。暗い赤みのかかった美しい髪で、実のない微笑みを唇に浮かべ、ブルー・ミンクのショールを肩に掛けていた。ロールズ・ロイスがその辺のただの車に見えてしまいそうなほど豪勢なショールだったが、とはいえやはりロールズはロールズである。結局のところそれがロールズ・ロイスという車の意味なのだ」 ( [ 「『ひとつ、村上さんでやってみるか』と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける 490 の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?」朝日新聞社刊 ] より。 ) 。なかなかに味があるかもしれません。

 出版は来春、早川書房から。どれくらいの規模のビジネスになるのかわかりませんが、どうせなら全作品の翻訳出版権を新たに取得し、村上春樹版のチャンドラー全集を出版するくらいの事をやってもらえないものでしょうか。正直、創元推理文庫の稲葉明雄の翻訳は、あまりにも古過ぎて、ハード・ボイルド ( 食べ難い固ゆで卵=読み難いの意。) とは異質の読み難さがあります。そこまでしてくれるのなら新刊で全巻そろえても良いなあ。